だれもが衛生的なトイレを使える世界に
株式会社LIXIL世界では安全な水とトイレが使えないことで、衛生環境が悪く、感染症などの問題が起きている地域が数多くあります。グローバルな衛生環境の改善に取り組む、株式会社LIXILの Dave MATEO(デイブ・マテオ)博士(コミュニケーションズ部門インパクト戦略室リーダー)にお話を伺いました。(聞き手:NPO法人日本トイレ研究所代表理事・加藤篤)
世界の約半数の人は衛生的なトイレが使えない
――日本では、安全な水と衛生的なトイレが当たり前という意識がありますが、世界では水やトイレに関してどんな課題がありますか?
Daveさん(株式会社LIXIL): 世界では、安全に管理されたトイレを使用できない人は2022年時点で約35億人にのぼり、そのうち約4.1億人は日常的に屋外で排泄をしています※1。世界の人口約80億人のうち、半数に近い人々がそうした環境にあることは、日本に暮らしていると信じられないと感じるかもしれません。月や火星に行くような宇宙開発のテクノロジーが発達している一方で、この地球上で、まだまだ多くの人が衛生的なトイレを使えないのは非常に残念なことです。
※1 「家庭の水と衛生の前進2000-2022」(WHO・ユニセフ共同監査プログラム[JMP])
――衛生的なトイレが使えないと、具体的にどのような問題が起きるのでしょうか?
Daveさん: 安全で衛生的なトイレや、手洗い設備の不足は、生活、健康、教育、経済など、人が生きる上ですべての分野に大きな悪影響を及ぼします。汚れた水や不衛生な環境が原因で起こる疾患により、1日約1000人を超える5歳未満の子どもが命を落としています※2。
トイレの不足は、特に女性や子どもに対して危険をもたらします。人目につかない場所まで用を足しにいく途中で、性的暴行を受けたり、動物に襲われたりする恐れがあります。学校に清潔なトイレがなければ、初潮を迎えた女の子が学校を休むことが多くなるため、男女の教育格差にもつながります。
※2 「Triple Threat 2023」(ユニセフ)
私の出身国のフィリピンでは都市部やリゾート地を中心に経済発展が進んでいますが、地域による格差が非常に大きいのが課題です。都市のスラム街や、地方ではトイレがないために屋外排泄をせざるをえない地域もあります。
また、トイレがあったとしても、汚い・臭い・暗い・怖いなど、いわゆる「4K」の状態のトイレも少なくありません。このようなトイレは特に子どもたちにとっては排泄を我慢する原因になり、体調を崩すことにもつながります。設備を作って終わりではなく、きれいな状態を維持し、安心できるトイレ環境を整えることが重要です。
私が幼い頃に住んでいたエリアは都市部に近くトイレなどの生活環境は整っていましたが、すぐ近くにある海沿いのスラム街では屋外排泄をしている環境でした。先日、その海沿いのスラム街を訪問したところ、当時とあまり変わらない状況で屋外排泄が続いており、20年近く経った今でもこの写真(下)のような光景が広がっていたことにとても驚きました。
現在もすべての家庭にトイレが設置されているわけではなく、共同トイレを使うために子どももお金を払っている状況です。私たちの活動が重要な一歩となり、地域全体の衛生環境が改善されていくといいなと思っています。
衛生課題の解決に貢献するSATO事業
――LIXILが販売している開発途上国向けのトイレ、SATOについて教えてもらえますか?
Daveさん: 衛生的なトイレが使えないという課題を解決するために生まれたのがSATOというトイレシステムです。世界のトイレ環境は様々で、国や地域によって生活様式や経済・インフラの状況が異なっています。日本と同じようなトイレを世界中で今すぐ導入することは現実的ではありませんが、どのような地域であっても、まずは衛生的にトイレを使える環境を実現するということが重要です。
SATOトイレは1L以下の少ない水で洗浄できる設計で、排泄物を流すと弁が開き汚物が流れます。その後、自動的に弁が閉まることで、ハエなどの虫による病原菌の媒介や悪臭を低減する仕組みになっています。シンプルな構造で、節水・軽量・低価格なのがメリットです。
Daveさん: 2013年に最初の製品の販売を開始して以降、幅広いニーズに合わせた様々な製品を新たに生み出し、ポートフォリオを拡充してきました。これまでにSATOブランド全体で、アフリカやアジアなど45か国へ約860万台出荷し、約6800万人の衛生環境を改善しました(2024年3月31日時点)。LIXILでは2025年までに1億人の衛生環境の改善を通じて、生活の質の向上に貢献するという目標を掲げています。
私自身、フィリピンやアフリカでSATOトイレを設置した地域を訪れた際に、現地の女性から「安心して使えるトイレができて本当に助かります」と言っていただけました。個室でプライバシーが守られた空間で排泄できるようになるとともに、生活が良くなったことを実感してもらうことができました。
また、トイレのほかにも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止策として、SATO Tapという手洗い設備を開発しました。水道や手洗い設備がない地域でも、ペットボトルを活用して最小限の水で手洗いをすることができます。衛生習慣に対する意識を高めることを目的として、SATO Tapの提供だけでなく、手洗いの重要性を伝える啓発活動も行っています。
先日、フィリピンの小学校で「世界手洗いの日」に関連した、手洗いの重要性を伝える授業を行いました。
フィリピンの学校では水道の設備が整っている場合でも、蛇口からいつでも水が出る環境ではないため、 日常的に手洗いをすることができない状況となっていました。LIXILにとってフィリピンでの授業は初めてでしたが、ペットボトルに汲んだ水を調節しながら手を洗えるSATO Tapの利便性は先生たちに好評でした。子どもたちにもその仕組みに興味を持ってもらうことができて、手洗いを習慣づけるきっかけになったと思います。
雇用を生み出すことで継続できる仕組みに
――SATOトイレを現地に導入するにあたり、配慮していることはありますか?
Daveさん: SATOトイレの導入にあたっては、現地の生産パートナーやNGOと連携し、現地での生産・販売網を構築したり、トイレの設置を担う職人や配管工の育成に取り組んでいます。製品を提供するだけでは、壊れたり、配管が詰まったりしたら使えなくなります。
生産、販売、設置、修理を現地で行えるようにすることで、持続可能な仕組みを作ることができます。また、事業を通じて現地の人々に雇用や技術の育成を行うことで、収入の拡大につながり、結果として衛生環境の改善が促進されます。
SATOトイレのように生活にフィットした基本的なトイレを提供することで、生活や経済状態が改善すれば、段階的に、より快適な上位のトイレを使える人が増えていきます。例えばSATOトイレが導入された地域の子どもが学校に通うようになり、大学などに進学できるチャンスがあれば、将来的に本人やその家族がより付加価値の高いトイレを使える環境で生活できるようになるかもしれません。トイレが改善していくロードマップを描くことで、段階的な生活の質の向上に結びついていくと考えています。
トイレ・衛生環境の改善で生活全体が良くなる
――現地の人からトイレの仕事に対してネガティブな反応をされることはありませんか?
Daveさん: 私は聞いたことがありません。トイレ・衛生環境を改善することは暮らしを良くする仕事として受け取られていると感じています。SATOトイレや手洗い設備によって、住まいや暮らしが良くなり、病気が減り、元気で気持ちよく生活ができ、仕事に積極的に取り組めるなど、数値化できない様々なインパクト(良い影響)があります。トイレを良くすることで生活全体が良くなるといってもいいと思います。
こうしたインパクトを最大化していくために、社会的な価値を創出するビジネスとして、現地の人が続けられる仕組みにしていくことが重要です。結果としてそれがLIXILの持続的な発展にも貢献します。
――海外でのこのような活動を国内に紹介する取り組みはありますか?
Daveさん: 主要な取り組みの1つが子どもたちへの出前授業です。LIXILには「トイレが世界を救う!」、「水から学ぶ」などの出前授業プログラムがあります。「トイレが世界を救う!」には、これまでに7756人(2015年からの累計)の子どもたちが参加しました。まずは社会で起きていることを知ることが大切です。
世界には、学校に安全なトイレがないために通学できない子どもがいる状況を伝え、改善事例を紹介したり、トイレを清潔に保つために自分たちの普段の生活について考えてもらったりします。
授業を受けた子どもからは「トイレなんてあって当たり前と思っていたけど、トイレの大切さが分かった」といった感想をもらいました。中には、ノートにびっしりメモを取ってくれる児童もいたそうです。
さらに、先日国内では初めての試みで、手洗いの重要性を伝える授業も行いました。自分たちが手を洗う重要性に気づき、世界の現状を知ってもらうことで、グローバルな衛生課題をより身近に感じてもらうきっかけになったと実感しています。
Daveさん: 従業員にとっても、自分の仕事がどのように社会とつながっているかを理解することは非常に重要です。 子どもたちへ授業を行うことは、従業員自身の学びにもつながっています。出前授業の実施はLIXILの企業文化のひとつになっていると感じます。
商品の購入で世界の衛生環境の改善に貢献できる
「みんなにキレイをプロジェクト」
Daveさん: 2024年で3年目となる「みんなにキレイをプロジェクト」を日本国内で実施しています(2024年10月~12月)。LIXILの対象商品を購入することで、1台につき150円がトイレや手洗い習慣を促進するユニセフとのパートナーシップ活動「MAKE A SPLASH!」に寄付され、グローバルな衛生環境の改善につながるプロジェクトです(上限金額は2000万円)。このプロジェクトは営業担当従業員の提案によってスタートしました。2023年の寄付金2000万円は、ケニアでの衛生設備の設置や、トイレの設置に必要な職業訓練、子どもたちに衛生環境や習慣の大切さを知ってもらうための教育活動などに使われました。
日本に限らず先進国では、普段の生活のなかで世界の状況が想像しにくいのが現状です。
この「みんなにキレイをプロジェクト」では対象となるトイレや水栓を購入することで自宅がキレイになるだけでなく、同時にケニアの衛生環境の改善に貢献することができます。「良い商品を買うことは、良い社会につながる投資」という考え方が広がってほしいと思います。
従業員にとっても、自分たちがトイレや水栓などを販売することで、世界の衛生環境の改善に貢献しているという誇りにもなっており、従業員のエンゲージメントを高めることにつながっています。
――世界のトイレ格差を埋めていくために今後どうすればいいでしょうか?
Daveさん: CSR(企業の社会的責任)という言葉は浸透しましたが、さらに一歩進んで、企業の存在が、社会にどんなインパクトを与えているかが問われるようになってきました。LIXILのパーパス(存在意義)である、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」に向けて、言葉だけではなく実際に行動し続けることが重要です。
グローバルな衛生課題に取り組むSATO事業など、ビジネスの力を生かして、インパクトを拡大できるように、エンジニア、営業、コミュニケーション部門など社内の一人ひとりの力をあわせて、立ち止まらずに行動し続けるしかありません。
トイレからスマイルを、健康を、平和を広げたいという思いで、今後もインパクトを生み出していきたいです。
――公衆衛生の確保は、本来、行政が重要な役割を担いますが、民間企業であるLIXILが地域の安全や快適な暮らしのために地域に根差してトイレ衛生の改善に取り組んでいることはこれからの社会づくりに大きな希望になると感じています。
衛生改善による社会的インパクトは、数値化しづらいテーマのひとつです。トイレに熱い思いを抱いているDaveさんならではの指標づくりや新たな行動提案にも期待しています。
本日はありがとうございました。